今年も残す日わずかとなりました。
今年は色々とたくさんの出来事や出会いがありました。
第一回 神田
第二回 上野
第三回 上野
第四回 瀬波温泉(幸子さんの27回忌)
第五回 水道橋(四幸会の親分のご上京の歓迎会を兼ねて)
と続けてきた東幸会ですが、今回は不如帰の地を訪ねて幸子さんの足跡を辿ることで今年の締め括りにしようという企画が上がりました。 決行の日は12月17日。
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ということで、当日午前11時に京急線の新逗子駅に集合しました。残念ながら、半点さんと相模美さんは都合により不参加となりました。
最初に目指すところは「蘆花記念公園」及び「蘆花記念館」です。ここは元東京後援会の河村さんから推薦していただいた所で、幸子さんも「不如帰」のリリースの前に訪れたそうです。
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▼ 右にきれいな川を見ながら、駅から海岸に向かって歩きます。この川は海水の混じった汽水だと思われます。遠足日和というのは正しくこの日のことで晴れていて風もなく暖かい一日でした。空気も澄んでいます。
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▼ 海岸が見える頃に左に曲がってこんな登り道の住宅街を横断します。 |
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▼ 間もなくして公園の入り口です。記念館は公園の奥にあります。そこそこの登り道です。 |
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▼ 園内の紅葉がとても綺麗です。これだけでもここまで来た甲斐があります。 |
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▼と思いきや、いきなりこの景色です。びっくりです。江の島の向こうに見える雪の富士山があまりにも綺麗で言葉を失いそうです。写真では分かりにくいのですが、不如帰の碑も見えます。 |
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▼ 記念館に着きました。中々趣のある所です。入館料は100円ととても安いです。 |
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▼ これが浪子さんです。何と浪子さんの歳は14歳だったそうです。 |
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▼ これが不如帰の碑に書かれている文字の原本で、書いた方は蘆花さんの兄である蘇峰さんだそうです。因みに私の地元の大森には蘇峰記念公園があります。 |
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▼ 他にも色々と見て回りました。管理人さんも長い時間をかけてたくさんのことを説明してくださいました。ここではこの程度で割愛を。 |
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▼ 記念館を後にして、今度は幸子さんがロケを行った海岸に向かいます。 |
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▼ 途中で昼食です。メニューはステーキでこんな感じ。幸子さんが歩いた海岸を窓越しで眺めながらの食事です。 |
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▼ 不如帰のカラオケを再生して正確な場所を特定します。ここです。 |
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▼ 今度はカラオケで幸子さんが歩いていた海岸を横切って不如帰の碑に向かいます。
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▼ 逆光のせいで写真の映りが最悪です。どうにもなりません。
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▼ 次は浪子不動です。ここはロケが終わってから幸子さんが写真を撮ったところです。もちろんカラオケにも映っています。当時と比べると、ヤシの木がかなり大きく成長しています。 |
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▼ 続けて浪子不動です。リフォームされていて当時とはかなり印象が異なります。 |
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▼ 次はカラオケの3番あたりに登場する階段を目指します。そのためには披露山公園まで行かなければなりません。ハイキングコースもありますが、その案はゆーきちさんに却下(?)されてもっときつい道を迂回して登ることになりました。とにかくしんどいです |
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▼何とか着きました、ここが披露山公園です。 |
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▼ 公園から見下ろした景色です。とにかく素晴らしい。 |
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▼ 正しくその階段です。幸子さんが立っていたちょうどその場所そのポイントです。 |
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▼ 足を延ばして大崎公園まで行ってみました。逗子海岸や葉山、逗子マリーナと江の島、富士山が一望できます。 |
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▼あとは帰るのみです。歩いた距離が半端じゃないので、みんながとても疲れていました。しかし、徒歩以外は駅まで戻れる得策がありません。披露山公園に逆戻りして売店でソフトクリームを食べて休憩を取ってから駅に向かいました。意外に帰り道は楽でした。それから横浜で忘年会を兼ねて東幸会です。 |
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これで今回のイベントは終了です。本当に今年はたくさんのことがありました。出会いもありました。きっと幸子さんも私たちにお伴をしてくれたことと信じています。
来年もよろしくお願いします。ありがとうございました。
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